久しぶりに、新しいものづくりを紹介する。
彼女との出会いは、かれこれ20数年前。壺屋開店当初にホームページやDMの制作を手掛けてくれていたデザイン会社に、彼女はグラフィックデザイナーの卵としてやってきた。その風貌は個性的で、不思議な魅力があった。そして何より、入社間もない彼女が表現したデザインは独特で、それが最大の魅力だった。やがて彼女は突如「浮世絵木版画がやりたい」と退社し、木版の世界へ飛び込んでいった。
彼女は、江戸期の浮世絵の色彩を現代に甦らせた孤高の浮世絵木版師・故 立原位貫氏に教えを乞い、彫りと摺りの技巧を間近で学びながら黙々と修行を続けていった。その間、フリーのデザイナーとしても活動し、何年かは壺屋のDM制作にも関わってくれていた。その後、結婚・出産を経て、店主との交流は年賀状程度に。
そんなある日、突然彼女から連絡があった。「育児が落ち着いて、ようやく本格的な復刻作品が仕上がりました。壺屋でデビュー展を開きたいんです」と。まさに青天の霹靂。浮世絵ギャラリーでもなければ、版画を扱ったこともほとんどないギャラリーである。豆鉄砲を食らった鳩のような店主を前にしながら、「デビュー展は壺屋でと決めていました」と言う彼女の眼差しは熱かった。修業中の彼女が「彫刻刀が上手く研げず、研いでいるだけで1日が終わってしまう」と肩を落としていた時に、「いつか壺屋で展覧会をやろうよ」と声をかけた記憶はある。ただデビュー展となると話は別、逡巡する店主に「ギャラリー壺屋はものづくりを大切に想い、作家・作品・お客様との間に温かな循環を生み出していると、DMのデザインや撮影に携わりながら強くそう感じていました。そんな店主に『いつかここで展覧会を』と言っていただけたことは、ずっと私の制作の励みでした」と聞いた日には、もう断れなくなっていた。
「いつか浮世絵を扱うかも」という淡い思いを抱えながら多少なりとも勉強を続けていた店主にも、彼女が立原氏と同じように絵師・彫師・摺師による分業工程をたった一人で担っていること自体が、桁違いの力量であることははっきりと理解できる。そして、その全工程に一貫した美意識が注がれることで、作品に独特の深みが静かに宿っているのだと強く感じている。令和にこのような生きた線と色を表現できる浮世絵木版師が存在するのだと胸の張れる日が来ようとは。
コツコツと時をかけて紡ぎ出した習作群を中心としたデビュー展が、今から待ち遠しい。 |