1957年生
丹波引出黒茶盌

「黒の世界」

 6年振り5回目となる個展の開催(2023年9月)がようやく決まった。最終的には当初の予定日程を3ヶ月以上延期しての開催に至った展覧会。市野信水の苦悩が読み取れる。
 初めて本格的な引出黒の酒器を見たのは、確かコロナ前だったのでかれこれ5年前。それから事あるごとに、引出黒の信水茶碗を見たいと懇願してきた日々。ようやく今展で日の目を見ることになった。
 一般に引出黒の茶碗というと、楽茶碗や瀬戸黒茶碗が浮かぶ。400年以上にわたり一子相伝で受け継がれてきた楽家に代表される手びねりの黒楽茶碗、一方桃山期から美濃・瀬戸地域で焼かれていたといわれる轆轤形成による瀬戸黒茶碗。焼成中に窯から引出し、急冷をかけて黒く発色させる表現方法であるこの茶碗の歴史や特性、あるいは名碗云々をこの項でつらつらと検証する気など全くない。ただ楽家以外でも数々の名工が、この数百年挑戦してきた表現方法であるのは見逃せない事実である。
 現代の茶陶における名工と呼べる境地にまでたどり着いたと感じさせる作品を発表している市野信水。彼がこの表現方法に挑戦した時、どのように考えどのように解釈しどのように作品を生み出してくるのか。その答えを一番見たいと思っていたのが何を隠そう店主であった。
 本来予定していた会期初日に、「遅くなったけど、ようやくこんなんができたわぁ。」と持ち込まれた茶碗。画像にある轆轤成形による引出黒の茶碗であった。茶碗焼成のために、新たに窯を作り、賀茂川石の釉薬を取り寄せ、丹波の原土に引出しに耐えうる粘土を加えるテストを重ね、ようやく納得できる上がりをみた茶碗。「会期延ばしてもらったから、手びねりの茶碗も作り込んでみるわぁ。」との追言。そこには迷いから吹っ切れた名工の鋭い眼光が蘇っていた。帰り際、茶碗以外の茶道具や食器、従来の丹波黒釉の作品なども一堂に会し、「黒の世界」として展覧を予定しているとの言質も取った。
 4年前、上田直方氏との二人展「白の世界」のDMに表現した「白はすべてを隠しすべてを曝け出す」というフレーズ。今展のDMでも同じコメントを店主は使いたくなった。「黒はすべてを隠しすべてを曝け出す」。市野信水がたどり着いた新境地に期待が膨らむ。
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