1965年生



 コロナ禍の長いトンネル。暗闇の向こうに一筋の光明を探し求める旅が始まったようである。「令和」の夜明けは、いきなりの嵐に見舞われ、人が生きる上での原点を否応なく見つめ直させ、自身の生き方に問いをかける。
 つかの間のひと時をむかえた、そぼふる春雨のある日。ギャラリーとしての原点回帰を考えながら伊部へと出向いた。茅葺のその間では、いつの間にか初めて訪れたあの日の話になっていた。金重巖というものづくりが、私に最初に見せてくれたのが「伊部湯呑」。その湯呑を、どれだけの時眺め、どれだけの沈黙が続いたであろうか。長い長い静寂の後に、私がボソッと言ったひと言が、彼とのすべての始まりだったようである。
 あれから約四半世紀、28回の頒布会を重ね、辿り着いた先がこの暗闇。そんな中で、彼が何を想い、何を見つめ、何を生み出しているのか。原点回帰の想いを胸の奥に仕舞い込み、開催できるかできないかもわからない29回目となる頒布会の作品を、彼が奥の間から運び出す瞬間をじっと待った。木製のトロ箱一杯に並んでいたのが、今展の「伊部湯呑」。四半世紀前の作品とは明らかに違う、歳月を重ねた金重巖の世界がさらに拡がっていた。
 原点回帰の想いが、作品を通して共鳴する不思議。否、それは必然であろうか。人々が狼狽し、人類が右往左往するこのコロナ禍。人が生まれ、その瞬間から死へ向かうそれぞれの旅路。何を考え、何を成すかは、それぞれがその役割を担う必然。その先には、光が射しているはずだ。
 果たして10月に頒布会が開催でき、皆様にご覧いただけるのであろうか。そんなことを想いながら家路に着いた播州路は、こぬか雨はやみ、いつの間にか夕焼けに照らされていた。
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