1968年生
手前:花器「孟宗」
奥:円相
 角居康宏展「修羅」と題した展覧会を開催する。
 壺屋初の試みとなる、角居作品の中でも彼のアーティストとしての一面を中心にした企画展である。彼、角居康宏はその源を金沢に発し、金沢美大で金属を学び、故・鯉江良二氏に師事し、独立後錫器の工芸品と金属オブジェの世界で活躍していることは前にこの項でも触れている。特にアート作品は、その存在感と独特の個性で、各地の美術館で個展を開催するほどの内容である。海外からもアーティストとしての評価は高く、フランスでのパフォーマンス(コロナ禍で延期)も予定されていた。また企業などからの引き合いも多く、そのロビーを飾る作品なども提供している。
 そんな彼が生み出した今春、大徳寺黄梅院でのグループ展(緊急事態宣言延長のため延期)で披露する予定であったオブジェに、新作工芸品を加えた展示は、壺屋の空間をどのような空気感で包むのか。角居康宏というものづくりと出会わなければ、金属を扱うことはなかったと思う。そしてこの好漢と出会わなければ、その一歩を踏み出す勇気さえ湧かなかったであろう。齢六十の店主を奮い立たせ、店に来られる方々に壺屋の新たな展開を披露する初展覧。純然たる「和」の空間にひろがる金属の世界をお客様と一緒に楽しみたい。梅雨空をそしてコロナ禍の閉塞感を、雲散霧消するチカラが彼の作品には内包していると信じている。
 最後に今展を「修羅」と位置付けた角居康宏の一文を掲載する。

 美しいものをつくりたい。

 しかし身のうちにあるものが美しい物でできているわけではない。
 さらに作っている最中は客観視できない。
 美しいものが作れる確証もなくもがく。
 もがきながらその時美しいと信じているだけだ。
 
 自分が欲する美しさが世に言う美しさと
 隔たりがあることも知っている。

 自分の美を世に問うてみたい衝動もかられる。
 作ることは葛藤そのものである。
 自分のふがいなさに。
 自分の未熟さに。

 自身の葛藤と闘い、乗り越えようともがく時
 宮沢賢治の詩の一節が浮かぶ。
 
 おれはひとりの修羅なのだ
 (宮沢賢治詩集「春と修羅」より)
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