手前:花器「孟宗」
奥:円相

 角居康宏展「修羅」と題した展覧会を開催する。
 壺屋初の試みとなる、角居作品の中でも彼のアーティストとしての一面を中心にした企画展である。彼、角居康宏はその源を金沢に発し、金沢美大で金属を学び、故・鯉江良二氏に師事し、独立後錫器の工芸品と金属オブジェの世界で活躍していることは前にこの項でも触れている。特にアート作品は、その存在感と独特の個性で、各地の美術館で個展を開催するほどの内容である。海外からもアーティストとしての評価は高く、フランスでのパフォーマンス(コロナ禍で延期)も予定されていた。また企業などからの引き合いも多く、そのロビーを飾る作品なども提供している。
 そんな彼が生み出した今春、大徳寺黄梅院でのグループ展(緊急事態宣言延長のため延期)で披露する予定であったオブジェに、新作工芸品を加えた展示は、壺屋の空間をどのような空気感で包むのか。角居康宏というものづくりと出会わなければ、金属を扱うことはなかったと思う。そしてこの好漢と出会わなければ、その一歩を踏み出す勇気さえ湧かなかったであろう。齢六十の店主を奮い立たせ、店に来られる方々に壺屋の新たな展開を披露する初展覧。純然たる「和」の空間にひろがる金属の世界をお客様と一緒に楽しみたい。梅雨空をそしてコロナ禍の閉塞感を、雲散霧消するチカラが彼の作品には内包していると信じている。
 最後に今展を「修羅」と位置付けた角居康宏の一文を掲載する。

 美しいものをつくりたい。

 しかし身のうちにあるものが美しい物でできているわけではない。
 さらに作っている最中は客観視できない。
 美しいものが作れる確証もなくもがく。
 もがきながらその時美しいと信じているだけだ。
 
 自分が欲する美しさが世に言う美しさと
 隔たりがあることも知っている。

 自分の美を世に問うてみたい衝動もかられる。
 作ることは葛藤そのものである。
 自分のふがいなさに。
 自分の未熟さに。

 自身の葛藤と闘い、乗り越えようともがく時
 宮沢賢治の詩の一節が浮かぶ。
 
 おれはひとりの修羅なのだ
 (宮沢賢治詩集「春と修羅」より)


『錫ちろり酒燗器』



銚子

 日本での錫器の歴史を紐解くと、1300年程前の正倉院の宝物まで遡る。神器として用いたと思われる壺や瓶の存在が宝物殿で確認されている。その後、金銀と同様に貴重な金属器としての歴史は、その神秘的な耀きと水を浄化するといわれる不純物を吸収する性質とも相まって、主に祭器としての役割を担って伝わってきたようである。近世以降は、薩摩藩をはじめ日本各地で錫鉱山が発見されるに至り、錫鉱石流通の中心地であった関西に錫師と呼ばれる技能集団が生まれ、本格的な発展期をむかえたという。
 歴史の営みが、それぞれのうつわの形状や名称(呼び方)、あるいは美意識や用途に大きく寄与し発展させてきたことは、陶磁器の世界でもつくづく感じてきた。錫の展覧会を開催するにあたり、改めて錫器の「地炉利(ちろり)」や「湯婆(たんぽ)」について文献を調べていると、面白いことに気付いた。地炉利あるいは湯婆と呼ばれる、元来は直火で温める道具の変遷とともに、神器としての金属の瓶からの流れが「銚子」という金属製の酒器へと昇華していったといわれる歴史。
 今日では、「銚子と徳利」についてその名称を明確に使い分けている実例を、ほとんど見かけなくなっている。が、その歴史的背景をみると、うつわの形状や素材あるいは用途から明確な違いが読み取れる。今回の角居という作り手の「銚子」を眺めていると、つくづく徳利とは異なる伝統美を感じずにはおれない。彼が意識するしないにかかわらず、錫という金属が醸し出す耀きと、瓶の時代から連綿と続く美しい形状の発展的連鎖。
 今回の展覧にと、茶にまつわる彼の美意識を纏ったうつわと共に、伝統的な中に独特の現代的なアレンジを施し精魂込めて作り上げた、地炉利や銚子をはじめタンブラーやぐいのみなど魅力的な酒器類が、日の本のこの季節に一服の涼感を運んできてくれている。

錫器・水指&茶入

 壺屋における初めての個展が幕を開ける。縁あって付き合い始めて丸2年、この間に幾度となく彼の工房を訪ね、また彼も壺屋の空気に触れる時間を有してくれた。
 過去彼の製作してきた錫器に触れる中で、陶器にはないひとつの大きな壁を感じることがあった。これは錫器に限らず、日本の伝統工芸品あるいは広い意味での工芸品の世界に共通する、店主の持っていた疑問なのかもわからない。ひとつのデザインを生み出す作り手の努力に敬意を表する気持ちには一片の曇りもないが、そのデザインがやがて製品あるいは商品としての価値を有する過程において感じる温度差。平易に表現してしまうと、デザインという言葉でくくられてしまう世界の持つ違和感。
 人がコツコツと作り上げるものの温かみに、温度差を感じること自体がナンセンスといわれればそうなのかもわからない。ただ、ひとつのデザインが独り歩きし、同じ顔をもつ作品群に囲まれたとき、どうしても店主には温かみの温度の低下を感じずにはおれなかった。
 彼ともこの2年、会うたびに結論のないこの話をしてきた。最終の個展の打ち合わせを兼ねて訪れた工房で、彼はひとつの答えを用意してくれていた。『いやぁ〜、今回の個展に合わせて新しい刻印作ってみましたぁ。パッと見た目には区別がつかないんですが・・・。まぁ、ウラスミイとでも表現しますかぁ。』と、何ともあの人懐っこい笑顔の奥の眼は真剣に、語ってくれた。刻印に刻まれし秘密は、個展でのお楽しみということにしておこう。
 一点ものという表現はしたくない。また一点ものに対する付加価値云々で作品を評価する気持ちも毛頭ない。ウラスミイに掛ける彼の想いが作品に宿る。それで充分である。実に楽しみな個展がやってくる。


錫菓子器 銘:『泉』
(径24センチ)

 また新しい仲間が増えた。長野の善光寺門前で錫の仕事を旨とする作り手である。金沢で生を受け、金沢美術工芸大学でデザインを学び、卒業後陶芸家の鯉江良二氏の門を叩き、その後独学で錫の作品を制作するに至ったという経歴の持ち主である。
 その風貌から受ける印象とは違い、人懐っこくものを作ることが大好きな人物とみた。制作現場は整然と綺麗に整理整頓されており、これも店主好みである。そして、その語り口は熱く、何に対しても真正面から取り組むその姿勢はもの作りとして人を引き付けるに十二分な魅力を感じる。
 彼が生み出す作品は、工芸デザインを学び鯉江氏の薫陶を受けた影響を感じる斬新なオブジェから、オリジナリティ豊かな現代的デザインの錫器、そして近年は善光寺宿坊から注文を受けたという伝統的な中にも個性を感じる茶托まで手掛けている。
 今回掲載の『泉』と名をつけた菓子器。オーストラリア先住民のアボリジナルアートにヒントを得て、その発想が生まれたと語る。渦を巻くデザインはまさに泉であり、その泉から沸き立つパワーを、日本の伝統的文化のひとつである和菓子をしつらえる菓子器に生かしている。彼の内面の自然観と考えが上手く融合し、茶の世界に新しい風を吹き込む作品と感じる。
 伝統をじっくりと育む地で育ち、パワーの塊のような人物に学び、そして今また善光寺という文化息づく地で制作をしている。自然をこころから愛し、今の原子力発電問題にも一家言有するという一面も持ち合わせる御仁。彼との歩みは、壺屋に更なるパワーと出会いを運んでくれそうな予感がする。
 今日も梵鐘と彼の打音が善光寺さんに共鳴している。
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